4話

 雲ひとつない晴天を眺めた。
 カノコタウンを出た三人は、カラクサタウンの手前の草原で一旦足を止め、貰ったばかりのポケモンたちと触れ合う時間を作っていた。
 ハインツは仰向けに寝頃がって空を眺めている。腰のあたりには丸くなって眠るポカブの温もりを感じた。
「ねえ、ふたりはポケモンの名前決めた?」
 ツタージャと並んで座るベルがハインツとチェレンを交互に眺めた。ふふん、と笑うベルは立ち上がると「あたしは決めてあるよ」と得意げに言った。
「もちろん僕も決めてあるけど」
 ミジュマルに餌をやりつつ、チェレンが肩をすくめた。ベルは、え〜っ、と大袈裟に驚くとハインツの方に顔を向けた。
「ハインツも?」
「まあ……」
「じゃあじゃあ! 教え合いっこしようよ!」
 みんな集まって、というベルの掛け声で、人もポケモンもベルの元に集合した。
「あたしのツタージャの名前はリバルト! 小さいころ好きだった絵本に出てきた王子さまの名前だよ」
 そう言ってツタージャ——リバルトを抱き上げると、ふたりによく見えるよう顔の位置まで持ち上げた。リバルトの鋭いような、少し眠たげなような瞳がよく見えた。
 チェレンもベルを倣ってミジュマルを持ち上げると、顔の位置まで上げるのではなく、腕を前に伸ばしてミジュマルをふたりに寄せた。
「ルアーだよ。なるべく短めな名前がいいと思って、安直だけど水を連想させる物から付けたんだ。他にポケモンを捕まえることがあったとしたら、そのポケモンたちも短めの名前にしようと思ってる」
「なんで?」
 ベルの問いかけに、チェレンは口角を上げてにやりと笑った。ミジュマル——ルアーを足元に下ろすと、腕を組んで堂々とした口調で言った。
「単純さ、呼びやすいだろ。こうして触れ合うときも、バトルするときも、短くてすぐに呼べる方が僕に合ってると思ったんだ」
「なるほど〜」
 チェレンらしいとハインツは思った。チェレンはいつも自分の分析をしていて、自分に合った方法、自分らしい行動、自分の信念、そういったものをしっかり見据えて過ごしている。
「ハインツは?」
 チェレンの瞳がこちらを向いたので、ハインツは咄嗟に下を向いた。すると足元に居たポカブと目が合って、肩から力が抜けた。
「ケチャップ」
「え〜っかわいい! ケチャップちゃん?」
「きみケチャップ好きだもんな」
 名前を呼ばれたと理解したのか、足元のポカブ——ケチャップが短く、ブ、と鼻を鳴らした。
 ハインツはしゃがむと自分の手をケチャップの鼻先に近付けた。ケチャップがくんくんとにおいを嗅いでいる間は動かず、嗅ぎ終えたところでようやく頭を撫でた。アララギに教えてもらった触れ合い方のひとつだった。ポケモンににおいを覚えてもらうこと。嗅覚が発達しているポケモンには効果的らしい。
「ポケモンバトルしてみない?」
 チェレンの提案に、ハインツとベルは顔を見合わせた。
「僕はジムめぐりしたいと思ってるんだ。まず第一歩ってことで皆とバトルしてみたい」
「いいねえ! やってみよう!」
「でもどうバトルするんだ? 三人じゃ数が中途半端だろ」
 ハインツがそう言うと、ベルはふたりから離れてバトルできるように距離を取り始めた。
「三人でまとめてやってみない? 公式バトルじゃないし、誰か続けてバトルしたら疲れちゃうし、一対一だとひとりバトルできなくなっちゃう」
「まあ軽くやるだけだし。ハインツはそれでいい?」
 素早く頷くとハインツも距離を取った。ベルとチェレンとハインツで大きな三角形をつくり、バトルの空気を察知したのかポケモンたちも鼻息を荒くしてそれぞれトレーナーの前に立った。
「じゃあ、せーの、で始めようね」
 ベルが大声で伝えると、ふたりは大きく頷いた。
「いくよ、せーの!」
 空気がピリッと張り詰めた。これがバトルの空気。これがトレーナーの世界。
「たいあたり!」
 三人の声が重なった。声に反応した三体のポケモンたちが一斉に駆け出す。
 ちょうど中央のあたりで三体の体がぶつかり合った。衝撃でそれぞれ後ろに転がり、ルアーとケチャップはすかさず立ち上がるが、リバルトはしばらくごろごろと寝転がってから立ち上がる。
「や〜ん、リバルト〜! 早く立ち上がってえ〜!」
 他の二体が再び体をぶつけ合うことになっても、自分の名前に反応したリバルトはベルの足元に駆け寄ってきた。
「違うよリバルト〜バトル中なんだって」
 ベルが必死でルアーとケチャップを指で指し示しても、リバルトはベルに構って欲しそうで擦り寄るばかりだった。
「ルアー! もう一度たいあたりだ!」
 チェレンの声に素早く反応したルアーが、ケチャップの脇腹めがけて駆け出した。ルアーの渾身のたいあたりは見事ケチャップに命中し、ケチャップはゴロゴロと草原の上を転がった。
「ここまでにしよう」
 ケチャップに駆け寄ったハインツが言った。起き上がったケチャップはふるふると顔を左右に揺らし、ハインツの伸ばした手に顔を押し付けた。
「よくやったよ、ルアー」
 チェレンの声にルアーは胸を張ったように見えた。初の勝利を誇っているみたいだとハインツは思った。
 諦めて膝の上でリバルトを遊ばせているベルにチェレンが言葉をかける。
「リバルトは、なんというか、ベルに似てマイペースなんだね」
「あはは……そうみたい……」
 バトルが嫌いなわけではなさそうだが、だからといって好きでもなさそうだった。リバルトは自分の興味のあるものを優先してしまうようだ。
「あたしもバトルがしたくて仕方ないって感じでもないし、ちょうどいいのかも」
 顎の下あたりを軽く撫でると、リバルトは気持ちよさそうに目を細めた。
「でもさ、チェレンはジムに行きたいんだよね。ハインツは?」
「まあ、一応俺も行けたらいいなとは思ってる」
「一ヶ月でどこまで行けるのかなあ」
 ベルがそう言うのを予測していたのか、チェレンは既に荷物からタウンマップを取り出しており、ふたりの前まで持ってきて広げて見せた。
「今はここ。ジムがあるのはサンヨウ、シッポウ、ヒウン、ライモン、ホドモエ、フキヨセ、セッカ、ソウリュウだね。ホドモエあたりまで行けたら行きたいね」
「フキヨセより北はけっこう遠そうだな」
 ハインツはタウンマップを覗き込み、見慣れない土地の方をキョロキョロと見渡した。昔、家族でシッポウシティまで行ったことがあるが、自分たちの分かる範囲はそこまでである。ヒウンのような都会に馴染みなどなかった。
 突然、腹の虫の音が鳴り響く。
 ベルが顔を赤らめて腹を押さえていた。
「……カラクサタウンでご飯食べない?」
「はは、そうしようか。そうだハインツ、カラクサタウンの外れにいいカフェがあるんだ。そこに行かない?」
「ああ、行く。俺も腹減ってきた」
 ポケモンたちをボールに戻すと、三人はカラクサタウンへと歩き出した。

2023年11月4日